碓氷峠 廃線ウォークを上下線堪能してきたpart7 熊ノ平信号場⇒峠の湯

関東

軽井沢・熊ノ平信号場はこちら

碓氷峠 廃線ウォークを上下線堪能してきたpart6 軽井沢⇒熊ノ平信号場
では、最後に上り線ツアーに参加した際の様子をご紹介しましょう。 碓氷峠の詳細な説明は、part1~5の下り線ツアーの方で紹介しましたので、こちらは鉄道好きというより ちょっと変わったハイキングに出かけてみたい と思われて...

12:40 熊ノ平信号場を出発

釜めしを食べ終えた一行は再び歩き始めます。

熊ノ平変電所

熊ノ平変電所

この先では

熊ノ平信号場のトンネル群

熊ノ平信号場のトンネル群

どこへ向かえば良いんだ笑

横川方面へ向かう旧線本線が、アプトの道遊歩道として一般開放されています。
峠のシンボルでもある

碓氷峠めがね橋

紅葉時期に訪れためがね橋

めがね橋を通って横川方面へ向かっていますが、今回のツアーでは柵の設けられた一番左の第2トンネル(896m)をゆきます。

トンネル内の広い空間を使ってちょっとしたイベントの開催。

機材をガサゴソするガイド氏

壁面に映像を投影!

映像は現在作成中という、往年の様子と横軽区間の運転士OBのインタビューを集めたもの。
上り線のツアーでは、信号機の点灯イベントがあるなの、ガイドの皆さんも色々と工夫をして私たちを楽しませてくれます。皆さまが行かれた時は、また違った新しいイベントが待っているかもしれませんよ。

さて、熊ノ平信号場以降は見所の連続です。
体力的にもしどくなる後半戦で見所が多いのが、この上り線ツアーの魅力でしょう。

13:10 新碓氷川橋梁へ

やってきました。

 新碓氷川橋梁

新碓氷川橋梁

場所はこの★印のあたり

国土地理院標準地図を用いて筆者作成

新碓氷川橋梁

途端に開ける視界

ここは峠区間随一の絶景スポット。谷底までもなかなかの高さです。

右手に目をやれば

上下線の新碓氷川橋梁

下り線の新碓氷川橋梁が

美しいアーチ橋。新線区間の象徴的な眺めの1つ

以下に往年の動画を掲載しておきますが、この高所を重量級の機関車たちが行き来する様子はなかなかの光景です。

また、下り線のさらに向こうへ目をやるとめがね橋を視認できます。ただ、写真で写すのは難しく。ということで、下り線から眺めためがね橋を貼っておきます。

翌月に参加した下り線ツアー時に撮影

全長100m。谷底までは50m近くはあるでしょうか

1号トンネルから眺めた新碓氷川橋梁

第1トンネル(1,218m)から振り返り

一行は再びトンネル区間へ。これが最後のトンネルですが、ここにもまた見どころがありますよ。

13:40 回送機関車脱線転落事故の爪痕を見る

まずはこちらをご覧いただきたい

碓氷峠回送列車脱線転覆事故

壁面上部に横向きの筋が複数本見える

タイトルのとおりこれは事故の爪痕なのですが、どうしたらこのような跡ができるのでしょうか。事故の概要を見てみましょう。

事故を引き起こしたのはブレーキの不具合碓氷の険しい下り勾配でした。

1975年(昭和50年)10月28日早朝、回送列車の機関車4両が下り勾配を緩やかな右カーブで下っていくこの区間をに差し掛かりました。その際、ブレーキが利かなくなる不具合が発生。列車は速度を増し、制限速度を超過。トンネル内で脱線します。そして列車は勢いそのままに車両側面をトンネル内壁にこすりつけながら降版、トンネル出口でレールの路盤下へ転落。この事故で乗務員が重軽傷を負い、当該車両は全て事故廃車に。

そして事故当時の写真がこちら

奥の2両は潰れてしまっています・・・
とんでもないスピードで滑り落ちていったのでしょう。

トンネル内には、廃線ウォークが開催される遥か前に、この碓氷峠を愛する者によって設置された説明プレートがあります。

碓氷峠回送列車脱線転覆事故を説明するプレート

独特なフォントが作成者の横軽愛をより感じさせます

碓氷峠回送列車脱線転覆事故を説明する看板

設置から21年。誰にもたたりは起きずに済んでいます

1号トンネル出口付近

横軽愛は確実に受け継がれている

鉄道では、この事故のように列車が制御不能となることは防がねばなりません。
なので峠に挑む際、人間が歩くのであれば上り勾配の厳しさを意識するところですが、鉄道においては下り勾配に細心の注意が払われました。
現役時代の碓氷峠区間の所要時間が、峠を登る(軽井沢方面)のが17分だったのに対し、下り(東京方面)は24分も要したことは、そういった鉄道の特性を良く表していますね。

と、これにてトンネル区間終了!

新碓氷隧道

第1トンネル出口

十河信二による新碓氷隧道の石碑

トンネル上の新碓氷川隧道の文字は、東海道新幹線の建設に尽力した十河信二国鉄総裁によって揮毫されたもの。新線が開業したのは1963年、東海道新幹線の開業は1964年ですから、両線は同年代というわけですね。

現在地はこのあたり

国土地理院標準地図を用いて筆者作成

ここまでくると峠の湯まで、ラストスパートです。

疲れはありますが、視界がひらけたことで足取りは軽くなります

枕木の間に生えた木

20年の月日が、レールに木を生やしました。

レールから生えた木

自然を開墾していくのは大変な作業ですが、人工物はいとも簡単に自然に還ってしまうんですねぇ。

信越本線築堤区間

第1トンネルから先は下り線と熊ノ平以来の合流。横川駅まで並走していきます。

安中市観光機構が作った勾配標

横軽のマスコット的存在である白い勾配標

これらの線路沿いの勾配標は、最近作成されたもの。現役時代のものはほとんどが盗難にあってしまったため、安中市観光機構の方々が自作されたのだとか。

盗むものもいれば、先述のプレートの方のように授ける者もいます。愛の形は様々なようですが、後者になりたいものですねぇ。

信越本線廃線の上り線

峠の湯が見えてきました

改めてですが、現役の鉄道路線と見紛うほどの整備状態
保存も大変でしょうが、この雰囲気が後世にも伝えていきたいところです。

線路及びトンネル内への許可のない方の立入りを禁止します。

そして立入禁止区間も越えて

14:10 廃線ウォーク 踏破!

スタートから6時間弱、有史来の要衝 碓氷峠を歩き抜きました!
廃線上を歩く楽しさもありますが、その峠の厳しさを足の痛みをもって知ることができたのが大きな経験となりました。

ツアー自体は写真右奥に見える建物 峠の湯で終了します。そのまま帰宅することも可能ですが・・・もちろんひとっ風呂を選択!お風呂でゆっくりした後、ガイドの方が横川駅まで車でお送りいただきました。

朝から晩まで至れり尽くせり。ありがとうございます。

横川駅前のおぎのや

16:30 横川駅にて終了!!

総括

上り線は下り線ツアーに比べ見所は少ないかもしれませんが、お風呂で締めくくり気持ちよく帰宅できる点で行楽に適しているかもしれません。

当ブログでは下り線ツアーの様子も紹介していますので、

碓氷峠 廃線ウォークを上下線堪能してきたpart2 横川⇒峠の湯
霞む横川に降り立つ 本日は2021年3月21日。前日の天気予報ではツアーに参加する翌日は大荒れ それでも対策すればなんとかなる。そんな厳しいステージが用意され、余計に冒険心をくすぐられてしまったわたくしは予定どおり、彼の...

参考にしていただければ幸いです。

おしまい

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