本日は2022年9月25日(日)、都内から日帰りで只見地域へやって参りました。翌10月からの全線復旧を控えた只見線を見に行く算段でございます。
越後湯沢駅に8時5分に到着。そこからレンタカーで新潟県魚沼市と福島県只見町が接する会越国境へ臨みました。
会越国境 六十里越峠
越後湯沢から車で90分、東京から3時間でやって参りました、六十里越。
「六里(約24㎞)が六十里に思えるような険しい地形」から六十里越という名前ついた。そんな話もあるような剥き出しの自然が迎えてくれる場所です。
写真は六十里越上から眺める田子倉湖、ダム建設によって生まれた人造湖です。湖底には”黄金峡”と称された田子倉集落が眠っています。ダム建設に伴う用地交渉が政府を巻き込む大ごととなった場所です。
電源開発が高額の補償額にも関わらずこの地にダム建設を強行したのは、水力発電所の設置場所として好条件が整っていたからでしょう。
日本海からの湿った季節風が大雪を降らせ、水量も十分確保される立地に、会津朝日岳をはじめとする標高のある山々が連なり、降り注いだ雨は勢いよく下流へ流れていきます。その水を活かすことで、安定して効率よく発電用タービンをまわすことができるというわけです。
一方、そのような自然環境は人間が足を踏み入れていくには厳しい土地であることも意味します。
この地に道路が整備されたのは1973(昭和38)国道252号線の全通時。比較的近年になってからのことですが、それまで陸の孤島だった只見に近代的な交通手段が届くことを意味しました。上の写真はその開通の記念碑でして、田中角栄によって揮毫されています。日本の主要幹線の中では開業が遅い時期に分類されるでしょうが、彼がいなければその開道はさらに遅れていたかもしれないですね。
とにかく、道路を通せるとは思えない、そんな地形に国道は通されております。
片側一車線、トンネル内も狭あい部分が多く、通行には注意を要します。仮設信号機で片側交互通行になる区間も複数あり、建設やその後の管理・運用の苦労が偲ばれます。雪崩や土砂崩れと隣り合わせでもあることから、冬季(11月~4月)は通行止めとなってしまいます。
JR只見線 六十里越トンネル
そんな交通の難所である六十里越では、自家用車が大いに普及した現在でも鉄道が地域の足として重要な役割を果たしています。国道が通行止めとなる冬季には、同区間をトンネルで突破する鉄道が唯一の足として機能するためです。
鉄道の地位を高めているがこの六十里越トンネルです。
1971(昭和46)年の完成で全長は6,359m。国道252号線に並走するJR只見線内にあり、JR非電化路線に存在する最長のトンネルとなっています。険しい地形を避ける目的はもちろんですが、安全に運行していくにはトンネルにした方が良いという判断もあったのでしょう。
同氏は、東海道新幹線開業に向けて機運を高めた火付け役の人としても知られています。
旧 田子倉駅
最後に六十里越トンネルを抜けた先に待つ廃駅をご紹介したいと思います。2013(平成25)年に廃止となった田子倉駅です。
もし現役であればYoutuberたちのネタにされていたに違いない秘境駅です。周辺の半径2km圏内には集落がありません。そのため、廃止前の1日3往復の列車だけが停車し、冬季には全列車が通過していました。
写真だけ見ると、山小屋にしか見えませんね。
残念ながら、駅舎は現在封鎖されており内部には入ることができません。ただ、隙間から内部を眺めることができます。開業時からの無人駅で、階段を下っていくことで川べりに建つホームへ降りていく構造となっています。
この場所に駅があったのにはもちろん理由がございます。それがこちら。
浅草岳へのアクセスのためです。
六十里越トンネルの脇に登山道の入口があり、そこから4時間ほどで山頂まで向かうことができ、道中では高山植物や野鳥の宝庫となっているようです。
とはいえそのような場所に多くの人が鉄道で訪れることもないでしょう。駅は廃止となり、現在では一部の業界人がドライブのついでに訪れる場所となっています。
以上、六十里越界隈の奇景をお届けいたしました。
おしまい
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