峠の湯・新碓氷川橋梁間はこちら
14:10 靄の新碓氷川橋梁へ
場所は、こちら★
横軽区間の中間地点に近づいてきました。
やはり眺めが開けるとテンションは上がりますね。
靄がかり、乙な雰囲気です。
ツアー参加前は、雨天予報に参加中止も考えたのですが、むしろこれで良かったと思えてきました。
廃線後、補修もされてこなかったはずですが、よく今まで残ってくれました。
当時と比較しても
Cassiopeia sweet – Photo by Cassiopeia_sweet., パブリック・ドメイン, リンクによる
列車が行くのは今いる下り線ですが、ほとんど変わりありません。
峠の湯から旧線跡のアプトの道を歩いていくと、あちらに辿り着くこができますが。
んっ!?
皆さん、何を思っているのでしょうか。
新碓氷川橋梁では、時間を確保いただいているので、記念撮影や休憩することができます。
峠の湯から1時間ちょっと歩いてきましたからね。
14:30 ツアー再開 第3トンネルへ
これは、信号喚呼位置表と呼ばれるもの。
運転士に、信号機を確認してその内容を点呼するよう促す標識。現在でも、他線で見かけることがあります。
トンネル壁面にはこのようなメモが散見されます。保守点検のためのものでしょうが、このぐらつきなどが解消されたのかはもう誰にも分かりません。
こちらも高速道路などで見かける表示ですね。
トンネル内を実際に歩いてみると、こうして目標が明示されるありがたさを実感します。
溝はかなり深く足元への注意が欠かせません。大雨のときは、この溝も充ちてしまうのでしょうかね。
と、ここで再びガイド氏から再びのサプライズ。
発電機を使って、往年の信号設備を蘇せようというイベント。果たして
中継信号機が灯りました!途端に安心感が出てきます。
中継信号機とは
行く先にある信号機の表示内容を事前に知らせてくれる信号機のこと。見通しが悪い区間などに設置されています。
トンネル内もひたすらに勾配。
そして出口前で再びのサプライズが
トンネルの壁面を使って映像観賞会です。
映像は、往年の列車とロクサンの運転手だった方々のインタビューをまとめたもの。
収録に際して、運転手のおじさんたちが格好良いセリフを残そうと頑張っていたようで、トンネル内もなごやか雰囲気に
そして新碓氷川橋梁からおよそ1時間
15:00 熊ノ平信号場 到着
峠の湯を出て2時間。200m近く登って、峠のオアシス 熊ノ平に到着です。
ここで、これまで歩いてきた新線と南側を短絡している旧線(アプトの道として整備済)が合流。
以後、軽井沢までのルートは新旧線で同一になります。
現在地はこのあたり
旧線は単線でした。そのため、比較的平坦なこの熊ノ平に駅が設けられ上下線の行き違いをしていました。明治・大正期の様子がこちら
当時は、多くの駅職員やその家族が居住し(写真左手に建物が何棟か確認できます)、行き違いの待ち時間を利用して力餅の立ち売りもされていたようです。
ただ、駅周辺に主だった集落等もなかったことや、新線開通で行き違いによる停車が不要になったことから、駅から信号場に格下げされてしまいました。
ツアー自体は、ここでお手洗い休憩。仮設トイレで順番にからだの軽量化を図り後半戦に備えます・・・が、思わぬ行列で時間ぎりぎりに。熊ノ平構内 軽井沢側での撮影ができなかったため、別日の写真でお楽しみください。
軽井沢方面を眺めています。上り線ツアーのお昼休憩のときに撮影したもの。両サイドにホーム跡がしっかり残っており、廃止から半世紀以上経っても駅の雰囲気を味わうことができました。
軽井沢に向けて再び登ってゆきます。レールの敷かれ方を見ても、普通のそれとは違うのが分かるかと思います。
ここからのツアーは再びトンネル祭。峠に向けて一気に歩を進めていきます。
つづく
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