見学が再開されたらしい。
嬉しい報せを耳にしたのはどこからだったでしょうか。こんな趣味をしているものだから無意識に鉄道の情報が集まってまいります。「経済合理的な趣味を持っていればもっと裕福になれていたのかな」と、平日の思考をひきずりながら特急かいじで勝沼ぶどう郷駅を目指しておりました。2024年8月17日、これから向かうのは中央本線の旧大日影トンネル遊歩道です。半年前の2024年3月に長年の漏水対策工事が完了して営業を再開した1kmに渡る煉瓦製のトンネルで、
ぶどうの郷
新宿から1時間30分、やってきました勝沼ぶどう郷駅です。甲州の始まりを感じる駅で、笹子峠を長いトンネル区間で抜けた先、久方ぶりの車窓として甲府盆地を見下ろす絶景をもって来訪者を迎えてくれます。勾配の途上に位置し、かつてはスイッチバック駅だった同駅、その名残を少し見ていきましょう。現役の鉄路はここから盆地の縁を撫でるように北方を迂回しながら甲府駅を目指していきます。
勝沼ぶどう郷駅(旧 勝沼駅)の歴史を遡ると、同駅は勝沼の人々の悲願をもって中央本線開通の10年後、1913年(大正2年)に開業しました。当時からぶどう栽培、ワイン生産は勝沼の重要産業でした。ただ当時は高速道路もありませんから、鉄道は大量の生産物を高速で消費者に届けてくれる唯一無二の存在。同駅の開業は勝沼の経済発展には欠かせなかったわけです。
鉄道の開通、駅の開業によって鮮度のあるぶどうやワインを大消費地である東京に届けられるようになり勝沼の人々は大いに潤い、その名の通り今日のぶどう郷の地位を築いていくのでした。
新旧トンネル
そしていよいよ本題の大日影トンネル遊歩道を見ていきましょう。
全長は1367.8 m、中央本線が開業した1903年(明治36年)から1997年(平成9年)まで利用された煉瓦製のトンネルで、東京方面からの25パーミル下り片勾配となっています。勝沼ぶどう郷駅から徒歩5分程のアクセスながら気軽に山岳路線の雰囲気を味わうことができます。
素敵な姿ですねぇ。坑口の意匠から当時に人々が大日影トンネルに抱いていた期待や誇りが感じられます。トンネルからは空調のようにひんやりした空気が吐き出しています。夏は涼しく冬は温かい、トンネルの特徴を改めて感じます。
遊歩道の脇には現役の新大日影トンネルが!
新旧共演を見ることができ、ヲタク的には大興奮です。旧トンネルは列車の時間短縮と防災機能向上のため1997年(平成9年)に新トンネルに付け替えられました。比較的近年まで利用されていてE351系、183系など往年のスターたちもこの旧トンネルを駆けていたわけです。
轟音を響かせて飛び出してきたのはE353系 特急あずさ。30分に1本程度、列車がやってきては来訪者を楽しませてくれます。
吐き出られた空気と日差しで靄ができていますね。大日影トンネルは気象学の先生でもあるようです。
隧道内へ
では隧道内を歩きながらレビューしていきましょう。片道30分の道のりです。
午前中ということもあり来訪者は数グループほど。トンネルの静けさを堪能することができます。また例にもれず湿度はなかなかのもの。トンネル工事は漏水との戦いでもありまして、こちらは後程詳述いたします。
レールの両脇は舗装されており、廃線跡の中でもかなり歩きやすい部類ではないでしょうか。ではいきましょう。
まず注目したいのはレンガです。俗にいうレンガ色よりもやや黒みがかった色が印象的です。
これは建設当時は輸送体制が未成熟だったため一般的なレンガ製造地ではなく、トンネル周辺地域からレンガ用の粘土を調達し、製造するしかなかったためなのだとか。
また、かつては蒸気機関車が往来していたこともあり煤煙がこびりついていることもあるようです。このような時代背景や地域の色が出ていると思うと、この渋い色も鮮やかに映ります。
トンネル内の湿度は天井からの雨漏りもありますがなんとレール間からの湧水(!!)の影響もありますね。分かりにくいですが、画像右下から湧き出た水が坑口に向かって流れていっています。
レールにとっては過酷な環境です。
途中で石積みも併用する作りになっていましたが何か意図があってのことでしょうが読み解けずでした。
時折、隣の新大日影トンネルから列車の通過音が聞こえてきて、こちらの旧線にも列車がやってくるんじゃないかという臨場感もなかなか面白いです。
ちょうど中間地点までやってきました。
前後を振り返るとこんな感じ。700mを視覚で感じてみてください。
結果を当たり前に噛み締めることも大事ですよね。心なしか東京方面が明るく見えるのは太陽の位置なのか、はたまた気持ちの問題か。
視覚的に認識が難しくも、甲府側の入口から東京側の出口に向けて上り片勾配となっています。少しどんよりとした足の疲労感を覚えます。
また足を進めるにつれてトンネルの内の気温が上がってきたようにも感じます。からだを動かしたことによる体温上昇もありますが、空気の性質に従って暖かい空気が標高のある出口側に滞留しているのもありそうです。こうして中央本線の険しさを実体験できるのは愉快でなりません。
後半部分の見どころはこちらのレンガ排水設備。当時から水資源が豊富で漏水が多かったのでしょうね。トンネルの貫通だけでも手一杯だったはずですがこうした保守管理のための配慮を欠かさない先人たちに頭が上がりません。
先人たちの心づかいがトンネル内にもこうした生命を育んでおりました。
入口から30分ばかり、東京側の出口へやってきました。登山に似た達成感があります。
久々の日差しに目がくらんでしまいそうですが、こちらの坑口もまた素敵な顔立ちをしていますね。
坑口には詳細な案内板がありますので詳細はぜひ現地でご覧ください。
深沢川のせせらぎを浴びながら最終目的地へ向かいましょう。
廃線のもう1つの活用法
勝沼トンネルワインカーヴこと中央本線 旧深沢トンネルです。全長は1,104m。
温度、湿度が一定に保たれるトンネルの特性がワインの保管に適しており、区間の一部がワインセラーとして民間利用されているのです。実際に中に入ってみましょう。
すらりと並んだワインセラー、圧巻ですね。約70万本が収容可能でなのだそうです。
私はワインにあまり明るくはないのですが、ワインの熟成に打って付けの好環境なのでしょう。勝沼のレストランをはじめ個人の方も利用されていてキャンセル待ちが続いているとか。
今回の散策はこれにて終了です。実際は勝沼ぶどう郷駅と勝沼ワインカーヴを往復しましたので全行程の所要時間は2時間程度でした。ただ、簡単に楽しむのであれば30~1時間程度あれば十分かもしれません。
印象的だったのは道中時間を共にした10組程度の来訪者の中で私のような鉄道ヲタクの割合が低く、一般の方が多かった点でしょうか。バスツアー客も数組見られました。廃トンネルというニッチな観光資源を、勝沼のワイン文化に貢献した1要素として位置づけることで大衆にすそ野を広げた好例なのではないでしょうか。
老後をしてもなお地元勝沼の活性化に貢献している旧大日影トンネルと旧深沢トンネル。勝沼ワインを楽しむ際はこうした文化的背景と共に嗜みたいと感じた次第でした。
おしまい
アクセス
・車:中央自動車道 勝沼ICより約10分(東京から約90分)
駐車場
- 大日影トンネルの甲府側付近
- 勝沼ぶどう郷駅ロータリー付近
※両者とも台数が限られ、特に前者は道中が小道となっているため要注意です。駐車いただくと安心かもしれません。
※ 大型バスの専用駐車場はありません。甲州市観光協会のアナウンスどおり、①勝沼ぶどうの丘駐車場を利用するか、②勝沼ぶどう郷駅のロータリーで乗降させた後、フルーツライン大日影トンネル大型バス待機所に駐停車しておく必要があります。
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