前回はこちら
https://ptakunote.com/2022/03/15/post-3721/
阿仁合駅
本日は、2022年3月7日(月)、5分の乗り継ぎで急行 もりよしに乗車。
マタギ資料館のある阿仁マタギ駅に立ち寄った後、終点 角館まで参ります。
急行もりよしは、国内ではこの内陸線と秩父鉄道でしか見ることができなくなった有料急行列車。50㎞未満は160円、50㎞以上は320円の急行料金を要しますが、料金は運賃箱に投入するため、急行に乗っている感覚は薄いかもしれません。
運行開始に当たって、旅行系Youtuberのスーツ氏がアドバイザーとして携わった同車が駅横でお休み中。
内陸線のおさらい
前回も紹介しましたが改めて。この秋田内陸縦貫鉄道線は、下図のように秋田県北部をその名のとおり縦貫する長大な第三セクター路線です。
沿線で採れる木材や銅の運搬を主目的として開業。
その歴史は複雑ですが、それが同線を乗り通す上での魅力にもなっています。変化に富み、ローカル線特有の間延びした時間に退屈を感じることがありません。
特に、同線の特徴がこれから乗車する区間のうち、比立内~松葉の区間かと思います。建設が最も新しく、地形に沿うように進んできた前回と異なり、厳しい地形を高規格なトンネルや高架橋でびゅびゅん貫いていきます。
打って変わっての
線内随一の眺望の大又川橋梁です。連れ添ってきた阿仁川を大股で渡ります。
運転手さんのご配慮で徐行運転となり、眼下を堪能します。
これまで水平方向に視界が開けていたので、新鮮な眺め。
宙に浮いている感覚があるのは、単線かつ単行列車のためでしょうか。地に足がつかない飛行機で味わうあの感じを覚えます。
赤い塗装で風景に映えるのか、PRポスターにもたびたび登場する大又川橋梁。内陸線のシンボル的建築でしょう。
列車は、その後、笑内、岩野目を通過。急行らしい軽快に進んでいきます。
笑内は、「おかしない」と読む難読駅名として有名で、降りたいという気にさせてくれます。同駅の西側の山中のには根子というマタギの大集落があるようで、「いよいよ」と思わせてくれます。マタギは、古来の伝統を重んじる狩猟を生業にする人々のことです。
同地は、盆地の底に位置しているため、昭和50年にトンネルが開通するまでは周囲から隔絶され、現在でもどこにも通り抜けることができません。
長らく国鉄阿仁合線の終着であり、元拠点駅らしく1面2線を備えています。しかし、現在は無人駅で、1日の利用者も30名前後なのだとか。
内陸線の真の実力
鉄道と人々の営みの交わりがない無機的な時間が続きます。
とはいえ旅情はこれまでの区間で十分に補給しており、この快走が良いアクセントになるのです。
簡素な高架橋となっているのは、こうした雪深さや建設費用の節減のため。知恵の結晶だです。
個性ギラギラな阿仁マタギ駅に到着。バスのように運転士に運賃を支払い、こちらで途中下車です。次の列車は12時8分。この2時間30分を使い、駅から2㎞離れたマタギ資料館を観光します。
その様子は後日紹介するとし、12時8分発、角館行きに乗車した様子からご紹介いたします。
分水嶺を越えて角館へ
乗客は鉄の香りがする男性5名ほど。阿仁マタギを出た列車は、秋田県最長の十二段トンネルを駆けてゆきます。全長5,697mに渡り一直線。分水嶺を貫き、米代川水系の阿仁川から雄物川水系の桧木内(ひのきない)川を次なる伴侶として角館を目指していきます。
気になる写真はトンネルに夢中になるあまり失念。いけませんねぇ。
ちなみに同時期の北海道は、以下の様子で
いずれにも負けず劣らずの景色であるのがお分かりいただけるでしょう。
上桧木内は、伝統行事として紙風船上げを行う場所として有名。毎年2月10日、夜空に暖色に輝く無数の紙風船が放たれ、幻想的な眺めとなります。
アジア圏では、通信手段から儀式行事に姿を変え、現在に残るケースが多いようです。
桧木内のイベントは、近年コロナで小規模に行われているようですが、いつか訪れてみたいものです。さて、再び秋田の眺めに戻りまして、
列車が南下するにつれて天気は悪化し、雪が降り始めました。
久しぶりに人家を視認しました。比立内・松葉間の開業が遅れたのも、沿線人口から納得です。
松葉を出たあたりから天気が回復し、人家も増えてきました。
比較的気候が優しい場所に人々が住みつき、その賑わいを運ぶべく鉄道も敷かれてたのでしょうか。
松葉駅より南は、国鉄角館線として1970年(昭和45年)に開業した区間です。
約20年渡り行き止まりの盲腸線だったわけですが、開業直後の様子を鉄道紀行作家 宮脇俊三が残していたので、以下参考に引用します。
(鷹巣まで全通すれば)今みたいに一日三往復でなく、本線からの直通急行が走るかもしれない。しかし現在のところは、たった一両のディーゼルカーが水の澄んだ檜木内川に沿って小ぢんまり走る。(中略)男女の高校生をぎっしり詰め込んで、7時33分角館着(『時刻表2万キロ』より)
高校生で満員の列車というのは隔世の感がありますが、列車は一日九往復、有料急行列車も走るようになりました。当時は一層ローカル色の濃ゆい路線だったことが伺えます。
羽後長戸呂駅同様、無人駅で1日の利用者は8名程度。ただ、
カタクリの花の群生地の最寄り駅であることから、特殊仕様の駅舎になっています。当該時期には急行も停車します。
八津駅を過ぎると、角館まで残り三駅です。
次の西明寺駅からは普段着姿の青年が1名乗車。沿線には建物が増え、角館の近郊エリアに入ってきた感があります。
秋田内陸縦貫鉄道、完乗!
(ほぼ。鷹巣・西鷹巣間は徒歩ですがお許しください)
おまけの角館散策
ローカル線の窓口は個性的で面白いですね。
これにて旅は終了。
次発のこまちで東京に戻りますが、発車まで小一時間ありますので、角館散策に繰り出します。
角館は江戸期の武家屋敷がそのまま残されており、著名な観光資源です。
駅からも歩いて15分ほどで到達可能ですが、訪問済みであったため、今回はパス。
代わりに訪れたのが、目抜き通りにあったさかい屋さん。
本場モンのいぶりがっこだ。喉から手が出て、お持ち帰り。
すっかり身重になったところで、The time has come。
新幹線で一本のありがたみを感じながら、帰路についたのでした。
おしまい
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