奥行きが感じられる
皆さんはどんな場面を想像されるでしょうか。
塩味の中に感じる野菜の甘味は料理を美味しくしてくれますね。
不真面目なアイツの誠実な姿はドラマになるでしょうし、生真面目なあの人のお茶目な振る舞いにキュンと来る人もいるのかもしれません。
私が思い出したのは大沢駅でした。福島と米沢の間に横たわる板谷峠。その山中にある秘境駅で、一部に廃駅部分も抱えながらも新幹線車両が1時間に数本という高頻度で往来する様子は珍妙。しかしながら鉄道が歩んできた歴史の奥行きを感じられる稀有な場所でありました。2024年12月をもって廃止が決まってしまったことは残念でなりませんが、その魅力を後世に残すべく今回は2023年(令和5年)8月訪問時の様子をお届けいたします。
大沢の集落
福島駅からレンタカーでおよそ1時間、山形県 米沢市 大沢地区にやってきました。緩やかな下り坂に沿って棒状に家屋が並んでいてつい歩き出したくなる街並みが迎えてくれました。かつては米沢街道の宿場町 大沢宿として栄え、米沢藩の参勤交代を支えたという歴史ある集落です。
一部は生活のにおいが残るものの廃屋が目立ちます。駅の入口はそんな集落の中心部にひっそりと位置しています。
看板が無ければ見過ごしてしまいそうなところ、誰かの善意に救われました。
駅の入口は廃駅?
まずは入口に設置された案内図をもとに駅の全体像をご紹介しましょう。
図の左手が福島方、右手が米沢方です。現役のホームがスノーセェット内に設けられており(案内図左手のホーム)、そこから米沢に向かう本線と旧ホームに向かう引き込み線が伸びています。引き込み線はいわゆる板谷峠の4連続スイッチバックの名残りですね。
そして興味深いのは駅の構造。現役のホームに向かうためには、このスイッチバック跡を踏み越えていかねばなりません。鉄道ファン的には非常に愉快な駅なわけです。
本線のスノーシェルターを跨いで駅の入口まで向かいます。周囲は静かですが時折、新幹線つばさがモーターを唸らせながら通過していきます。
やってきました。こちらが旧大沢駅の駅舎とホーム跡です。1990年(平成2年)にスイッチバックが廃止されてから現在までよく残ってくれていました。扉の上にうっすらと「大沢駅」と掲げられていたのがわかります。
スノーシェルターの駅として有名な大沢駅ですが、私はこの屋外に残るスイッチバック跡が非常に印象に残りました。4連続スイッチバックの中でも随一でないでしょうか。現役時代の姿が適度に風化しつつ、とはいえ完全に自然に還ることなく残されていて、駅が経験してきた歴史を追体験することができます。1949年(昭和24年)に電化されるまではすべての列車がここでスイッチバックをしていました。
鉄道の難所として有名な碓氷峠。あちらは廃線になってしまったこともあって、ある種神格化されている気がします。この板谷峠は知名度は劣るものの、規模があり、鉄道技術の変遷を感じられ、何よりその面影を現役の路線から感じられる点は碓氷峠に勝るも劣らない魅力があるように感じます。
では、いよいよ現役の大沢駅へ向かいましょう。
駅はスノーシェルターの中に
涼しいですなぁ。イメージどおりのスノーシェルターがお出迎えしてくれますが、やはり規模、雰囲気共に素晴らしいです。元々はスイッチバックをするための分岐器を降雪から守るための存在だったものが、スイッチバック廃止後は駅の上屋として機能しているため、今なお撤去されずに残されているんでしょうね。
静かな駅ですがガタガタガタと風がシェルターを叩く音だけが響いています。無音よりもちょっと物音がする方が不気味です。
50mばかり進むと、見えてきましたホームと本線です。いかにも板谷峠の駅という雰囲気になんやかんやで感動です。左手の開口部へ向かうのが米沢方面の線路。この上を新幹線が駆けていくんだから愉快でなりません。
まさかの電光掲示板にビックリ。駅は2面2線。構内踏切つきです。
ちょうどE3系つばさがやってきました。シェルター内に分岐器があるため、軽快なジョイント音を響かせて峠を登っていきます。
明暗の幅がありすぎて素人のカメラ設定ではなかなか上手に撮影できませんなぁ。くそう。
発着する本数自体は少ないです。またお隣の峠駅ほど知名度がないこともあって秘境感はスイッチバック3駅の中でも随一な。ただ新幹線つばさが上下で1時間に2~4本近く通過していくので、秘境駅にありがちな「来てみたけど意外とやることがないな」ということはなく、楽しめる駅ではないでしょうか。
米沢方面に向かう際は峠の終わりを教えてくれるスノーシェルターになるでしょう。駅の廃止後、スノーシェルター自体はどうなっていくのか。注目です。
峠の坂道
スイッチバック跡、スノーシェルターと楽しんだら、峠の勾配も体感したいところ。
ホーム上に立って印象深かったのは、風。峠を下る風がシェルター内を吹き抜けていくのです。夏の1日において、なんとも心地いものでした。
もちろん視覚的にも楽しむことができますよ。こちらの3種類ある速度制限標識は、通過する車両形式によって違う内容になるのでしょう。真ん中は普通車両の719系、一番下は新幹線車両のE3系、そして一番上は除雪車両用の標識なんだそう。制限が最も緩い新幹線車両はブレーキ性能が良いことが伺えます。
左手に細長く伸びる空き地は、スイッチバックの引込線跡です。引込線は車両が停車できるように水平となっていますから、本線の上り勾配の厳しさを視覚的に感じることができるのが面白いですね。
米沢方面からやってきた列車が一度この引込線に突っ込み、バックで前述のホームのある引込線に入線。駅発車後は本線に入って峠に挑んでいくという運用となっていました。当時の貴重な様子を残してくれていた方から拝借。
最大33.0‰、部分的には38.0‰の勾配が約20kmに渡って続く板谷峠。その難所度合いがこうしたところからもわかりますね。
冬季休止からの廃止。。へ
この来訪の半年後、板谷駅と共に冬季の全列車通過措置が発表されてしまいました。「およよ」と思っていた矢先、2024年(令和6年)には全期間、全列車の通過が決定。駅自体は存続するという理解ですが事実上の廃止と解釈してもよいでしょう。赤岩駅に続いての悲報も、利用実態、周辺地域の状況を見てもやむなしという印象です。
気になったものは気になるうちに。今後、逆風が吹く鉄道業界を楽しむ上で大切な心構えかもしれません。
- 明治期以来のスイッチバック遺構を、新幹線車両が駆けていく
- 山深い場所に、長大スノーシェルター
- 屋外にある旧ホームと、スノーシェルターに覆われた現ホーム
そんな奥行きを感じさせてくれた大沢駅。118年に渡り、お疲れ様でした。
おしまい
参考動画
有人駅時代の大沢駅
1950年(昭和25年)の板谷峠電化に関する記録映像です。有人駅時代の大沢駅が映っており、旧駅舎やスノーシェッダーを跨いで駅へ向かう様子を確認することができます。
大沢駅を通過する新幹線つばさ
アクセス
- 車:米沢から国道で約30分、福島から約1時間
車は駅入口付近の大沢駅案内図の近くに2台ほど止められる空間があります。 - 電車:山形新幹線 福島駅から奥羽本線(山形線)で約30分、米沢駅から約15分
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