湯檜曽駅 | ループ線を眺め国境のトンネルと一体になれる駅

関東

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上越線水上駅 -真冬の国境越えを支える拠点駅-
2022年1月9日(土)、道端に降雪の余韻が残る東京を発ちました。 目指すは上越国境です。 求めたのは、行く手が遮られ、建物や生活を覆ってしまうような圧倒的雪景色。 ただ、その行き先が北海道ではならないのでした。小説 雪...

13:40 水上発 E217系 普通列車長岡行き

水上駅のE127系

1日5本のみが国境に挑んでいく

2022年1月8日(土)、水上から隣駅の湯檜曾(ゆびそ)駅を目指します。所要時間は5分程度。

沿線人口が少ない地域のため、列車の本数は両手で数えるほどです。とはいえ、山岳ローカル線とは思えないような車両がお出迎え。

乗車率は都会のそれに近い

そして乗ってビックリの混雑ぶり。

冬季の18きっぷ利用期間の最後の週末であり、雪を抱いた山並みも美しいということなのでしょうか。
では、乗客は、スキー・登山客2割、地元の方2割、鉄道ファン6割といった風に見えましたがどうでしょう。とはいえ朝の通勤列車のように車内は静かです。発車を待っていると車掌から放送が入ります。

「この先のポイントの動作確認を行っており、発車が遅れています」

凍結か何かでしょうか。それでも車内は雰囲気は変わらず。
列車の定時性は都市圏のように求められていないのでしょう。この列車に乗って目的地に向かえればいい。

列車は数分後、障りなく水上駅構内を後にします。

13:54 湯檜曽駅 着

利根川と共に列車は北上、しばらく谷を撫でるように走ります。そして山に突っ込むと、ほどなく停車。

湯檜曽駅下り線ホーム

湯檜曽駅下りホーム

ここが湯檜曽駅です。

来た方向を振り返ると外はすぐそこ

列車がホームを離れ、新潟方面に待ち構える暗闇に尾灯が吸い込まれていきます。ホームに響いていた列車の力行音が次第に遠くなり、ふと我に帰ればトンネルに1人残されていたのでした。トンネルを風を伴って列車が駆けてゆくのでしょう。それに誘われた冷たい風がトンネルに入り込み、私の背中を包みます。

駅は、上越国境を貫く新清水トンネルの入口付近に立地しております。

反対側の出口は13㎞先

新清水トンネルの全長は13,500m。1967年(昭和44年)の完成で、単線の鉄道トンネルとしては国内最長です。トンネル内に2つの駅を有し、本駅とお隣の土合駅がモグラ駅として知られます。

高崎方面壁面には詳細を記したプレートがある

戦前に完成していた「国境の長いトンネル」こと清水トンネルが単線で上下の列車の行き違いに支障があったため、国境区間の輸送力増強を目的に建設されました。

新清水トンネル内にある湯檜曽駅

地下鉄の駅とは違った雰囲気だ

現在では5往復の普通列車と数本の貨物列車の往来があるのみ。

新清水トンネルの建設当時は、東京と新潟を結んだ特急とき、急行佐渡、青森に向かう特急いなほ、金沢行きの特急はくたかなどが頻繁に往来する大幹線で、かような巨大インフラが求められていたのでした。

トンネル駅の湯檜曽

新潟寄りから入口を振り返る

トンネルは、どこかを流れる水の音がこだまするのみ。ぽつんと残された。この言葉が似合う駅です。

ホーム上には信号。間近で見られるのは珍しい。

トンネルは等間隔で消火器が置かれている。その本数は列車よりも多いかもしれない。

このような長大トンネルは列車や車に乗りながら通過することが多いので、このように歩きながら観察できるというのは貴重な体験です。

決して需要は大きいとは言えない巨大設備を綺麗に維持するのは大変です。
コロナ禍で固定費が大きい鉄道業界の苦難をよく耳にするようになりましたが、それを感じられる場所かもしれません。

出口への通路

書体からして最近設置されたであろう案内板。

自動車がすれ違えるくらい幅がある

壁面が緑変しているのはコケかなにかでしょうか。

出口付近からホーム方面を振り返る

駅入口付近。必要な案内、機器がコンパクトにまとめられている。

左下は冬季臨時列車の時刻表。合計1日8往復と平時の1.5倍近い増便だ。

案内脇の階段から下り線ホームに向かいます。

ループ線展望台

晴天真冬の上越線湯檜曽駅

下り線ホームとは対照的な明るさ。湯檜曽の魅力の1つである。

先に敷設された上り線は地上に存在します。これは上下線が異なる方法で上越国境を越えるためです。説明の前にご覧いただくのが早いかと思います。

ホームの新潟寄りに見える山肌には・・・

架線柱が

遠望できる線路は今、私がいる湯檜曾駅の上り線ホームに繋がっています。
上の写真左手、新潟側からやってきた列車は、トンネルに入った後、ホームで待つ人をじらすように反時計回りに勾配を下りながらやってきます。これがループ線です。

地図で見るとこのようになっています。

上越線ループ線地図

このように不思議なルートをたどるのは、等高線に抗って標高を稼ぐためです。
いわゆる国境の長いトンネルを短くするために、高さを稼ぎ、少しでも山塊が薄い箇所を貫いたというわけです。
一方、先ほどの下り線はそのような苦労は「我知らず」と言わんばかりに直線的に北進しているのがお分かりかと思います。(緑矢印)

湯檜曽駅から眺めるループ線

ホーム北端から

この違いを生んだのは土木技術の進歩です。
1932年(昭和7年)、上越線全通時に開通したのがループ線です。線路は単線での現在の湯檜曽駅のこの場所に列車の行き違いをする信号場が設けられ、上下の列車をやり繰りしていました。

そして、川端 康成の『雪国』に描かれているのは、そんな国境の隘路を北進し、山の向こう湯沢へ向かう列車からの眺めです。現在では、このループ線が上り線専用となってしまい、北進する列車はありませんので、「雪国であった」を当時のとおりに追体験することはできなくなっています。

湯檜曾駅の待合室

地上ホームには待合室がある

そしてループ線開業後、大戦を経て高度成長期に建設されたのが先述の1967年に開通した下り線 新清水トンネルです。ループ線の開通から35年後のことで、その間の技術の高度化により国境の道をシンプルにできたのでしょう。

冬の湯檜曽駅のコンクリート駅舎

湯檜曾駅舎

駅の外へやってきました。

コンクール製の駅舎がお出迎えしてくれます。つい最近まで山小屋のような立派な駅舎でしたが、かようなシンプルなお姿に。界隈ではあまり評価されていない悲しい駅舎ですが、雪深い地域で維持費も掛かるでしょう。スタイリッシュな駅舎が再建されただけでも良かった気がします。

駅左手には湯檜曾温泉郷の歓迎看板

反対側

並行する国道から。駅はせせらぎの上に建つ

駅周辺を散策した後、今日のお宿 湯檜曽温泉街林屋旅館さんへ向かいます。

と、駅から北進すること数分、温泉郷の入口に城門のように建つ鉄橋がありました。

ループを抜けだした列車は、宙に放り出された感覚に陥りそうだ

美しいガーター橋

第一湯檜曾川橋梁

第一湯檜曾川橋梁の石積みの橋脚

石積みの円柱が、橋上の鉄道に主役は譲らぬとばかりに美麗な出で立ちである。

上越線第一湯檜曾川橋梁

国境に挑んだ橋。鉄道省は気合いを入れて作ったのだろう。

群馬県湯檜曾温泉街

橋をくぐれば、そこが温泉街である。

遊びつくして凍えたからだをひきずり、いざ投宿。湯檜曾の温泉街は、こじんまりとしていて、落ち着いた時間を過ごしたい方にはオススメでございます。
その様子はのちほどご紹介するとして、夜に再び訪れた駅の様子をご紹介します。

夜のループ

夜の湯檜曾温泉街

夜の湯檜曾温泉郷

夜の湯檜曽駅

湯檜曽駅前。人の気配は、ない。

時間は17時を迎えるところ。

せっかくならループ線をゆく列車を見ておこう

と、部屋の温もりに後ろ髪を引かれながら、なんとかここまでやって参りました。

真冬の湯檜曾駅上り線ホーム

雪国のホームは夜に良く映える

夜の湯檜曽駅上り線ホーム

集落で最も明るい場所かもしれない

周囲はせせらぎが聞こえるだけ。世界は本来静寂なのだと思い知らされます。

そんな風に感じていると、上り列車の接近メロディが聞こえてきました。17:27発の水上行き普通列車です。メロディといってもそれは列車自身が奏でるジョイント音。

明かりが灯る集落を包みこみながら、こちらへ近づいてきます。

さながら銀河鉄道です。そして扉越しに立ち客が見えるほどの混雑。やはり上越線、侮れません。

ということで夜の探索は、30分で終了。急いで宿に帰ります。
これが活動限界でありました。手袋を冷気が突き抜けるなんて聞いてませんよ。

夜の湯檜曾川橋梁

月が綺麗な夜だった

おまけ 宿紹介 -湯檜曾温泉 林家旅館-

今回の雪国紀行でお世話になったお宿 林屋旅館さん、大正11年創業の老舗さんです。湯檜曾の駅からは歩いて5分ほど
水上温泉と悩みましたが、先日の庄内旅行で訪れた民宿さんで良い思いをしてしまい、以来こじんまりしたお宿の虜となり、かような選択となったのでした。

湯檜曽温泉街の林屋旅館

林屋旅館

林屋旅館のロビー

ロビー

呼び鈴を鳴らすと、優しげな若女将さまがお出迎えくださいました。

ロビー脇にはミニ資料館

こちらで記帳を進めますが

湯檜曽温泉ループトンネル口全景

湯檜曽温泉ループトンネル口全景とある

おっとこれは!

写真左上にループ線、中央にループに至るトンネルが口をあけています。撮影時期は不明ですが、線路のまわりが綺麗に見えますし、開通直後の風景でしょうか。

こちらは昭和初期のもの

鉄道ファンら物好きが訪れるニッチな観光地となった湯檜曾のループ線ですが、このような写真が残されたことから当時は現在とは違う見方をされていたことが伺えます。

清水トンネルも完成時は東洋一の長さを誇りました。何より、上越国境を越える道ができたこと自体が喜ばしい出来事として捉えられた気がします。

有線 Weather information

時代は変われど天気への関心は変わらない

客層を伺うと一人客の方が結構いらっしゃるようです。
朝食は持参していたため朝食抜きのプランにしていたのですが、「明朝は早めの出発ですか」と確認されます。湯檜曽からさらに北進した先には谷川岳がそびえます。「湯檜曽温泉は登山客の利用者が多いのか」と一人合点したのでありました。

林屋旅館の客室

お部屋は必要十分。

くつろぎ、平穏、旅情

求めていたものがすべてそろっています。あぁ来てよかった。
客室は集落側のため川の眺めは叶いませんでしたが、障子からは地元の方々が雪かきをされれる音が聞こえ、「雪国らしくてこれもまた良いか」と思うのでした。

夕食は部屋食です。

林屋旅館夕食

ごちそうさまでした。

仲居さんによると今年の降雪は早く、特に昨日までは良い降り具合だったのだとか。
今年は東京でも積雪がありましたし、納得です。

余談ですが、この記事は1月末に書いているのですが、旅の後、「上越線運休。雪のため」という運行案内を見ることが増えた気がします。お出かけになる方は、行かれる時期などは注意したほうが良いかもしれませんね。

膨らんだお腹を抱え、温泉へ

林屋旅館さんの温泉は源泉かけ流しです。お風呂にこだわりのない私なのですが、雪国となると話は違います。冷えたからだを血が巡る感覚は、別格です。

林屋旅館のお風呂

男場。時間によって女湯と入れ替わりとなるようだ。

白タイルが日中楽しみ尽くした雪景色を思い出させてくれます。

林屋旅館の大浴場

ふううううぅぅぅぅ

このアーチを独り占めでございます。湯船につかり、愉悦に浸ります。

林屋旅館旅館のモザイクタイル

モザイクは本来美しいものだ

林屋旅館のタイルアート

というわけで林屋旅館さんのご紹介でした。
明朝は、湯檜曽のお隣のモグラ駅 土合駅へ向かいます。

つづく

土合駅 上越線始発でゆく冬ならではのモグラ駅
前回はこちら 本日は2022年1月9日(日)、上越国境の旅2日目です。 昨晩は仮眠を挟んだものの就寝は午前4時過ぎ。宿のチェックアウトは11時ですので、その気になれば存分に寝られます。ただ、スケジュール上、土合を訪問する...

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